3.6
C君はバーチャルでいい。
これなら、どんな速度も出せる。
1日の時間差どころか、C君の速度次第では、1万年、1億年の時間差だって作れる。
C君が光速に達した時に、時間差は無限になる。
ありがとう。バーチャルC君。
そろそろ、結論を出す時がきたようだ。
C君から見て、B君が同時多発テロ事件に遭遇した時に、A君はその事件の1日前だが、この1日でテロリストが逮捕されて、、同時多発テロ事件は未遂に終わるということはあり得ないことがわかる。
見る人の立場の違いによって、現在という瞬間も違ってくるが、ストーリーが異なることはないのだ。
そのように考えると、「未来は決まっている」という結論になる。
決まっていると言うより過去が存在しているのと同じく、
「未来は、既に存在している」
と言った方がいい。
既に誰かが、あなたの死の瞬間に遭遇している。
ただ、情報が伝わらないだけ。
まるで、映画を見ているようだ。
今、あなたは、映画館である映画を見ているとする。
今見ている瞬間のフィルムの1コマが現在。(人によって見ているコマは異なる)
見終わった部分は、もうストーリーを変えることはできない過去。
これからのストーリー展開をわくわくしながら見ている。
未来はいろいろな可能性があり、流動的に見える。
ところが、映画の中の未来は、既に存在しているフィルム。
と、ここまで書いてきたが、似たような概念があったのを思い出した。
あった。そうだ。アカシックレコードである。
異次元にあって、過去から未来のことまですべて記憶されているデータベースらしい。
アカシックレコードについては、詳しくないので、興味のある人は調べてみてはいかがでしょうか。
今回の話には、仮定してるところもあるし、論理の飛躍や間違いもあることでしょう。
だから、未来は決まっているというのは、考え方の1つにすぎないと考えてください。
間違っても「未来なんて決まっているのだから、努力しても無駄だ」なんて思わないでほしい。
ボールは投げない限り地面には落下しないのだ。
ただ、人が不幸や不運に遭遇したとき、無限の過去から無限の未来に繋がっているフィルムは、既に存在していて、「変えることができないストーリーなんだ」と考えることで、少しでも悲しみや苦しみから開放されるなら幸いです。
こんなに長い話に付き合ってくれて、ありがとうございました。
おわり
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